病院を選ぶときのちょっとしたヒントです。まずは70歳以上の方向けのお話。

(1)

かなり以前ですが新聞の投書欄にこんな文章が載っていました。

「月に一度大学病院に通っている。
これまで長い待ち時間が苦痛であったけれども、先日待ち時間の間に試しに建物の外に出てみた。
するとそこにはよく見ないと気がつかないような季節感あふれた自然があって、私は長い待ち時間を忘れて過ごす事ができた。
私は月に一度の通院が楽しみになってきた」

それはそれで大変に素晴らしい経験だったのだろうと思います。
その一方で医療に携わる立場からするとどうしても拭えない疑問もあります。

「月に一度大学病院に通院しなくてはならない病気って何だろう?」

地域によっては大学病院が地域医療の最前線を担っているところもありますし、科による特性もあるでしょう。
しかし場所を阪神地区に限って言えば、一般の内科や外科で月に一度の大学病院通院を必要とするような病状をあまり思いつきません。
大学病院は最先端医療の場です。
他の病院では原因や治療法が分からない病気や、従来の治療法では効果がない病状の人を専門的に診察する場です。
大学病院でしかできない検査や治療を必要とする病気はあります。
しかしそれが定期的に、つまり急を要しない状態で「毎月」必要とする病態となると私には全く思い浮かびません。

必要のない人が大学病院に通うというのはつまり、必要な人の待ち時間を増やしているという事です。
大学病院の待合室での2時間を有効的に過ごそうとするのは素晴らしい事です。
しかしもし大学病院に行かなければ、有効利用を考えずとも待ち時間そのものがぐっと短縮されます。
そして本当に必要な人の待ち時間が何%か減らせます。

今回考えてみたいのはあなたはどの病院に行くべきか、という問題です。
題して「間違いだらけの病院選び」です。
(2011年6月10日)

病院選びが一番重要になってくるのは70歳以上の人だと思います。
思わぬ時に思わぬ事が起きる可能性が高くなってくる年代。
この年代の方が選択すべきなのは

自宅から近い機動力のある中規模病院か、そこを退職した医師が近所に開業した診療所

です。
診察の時にちょっとした世間話ができる、それくらいの人間関係が主治医との間に築けるとベストです。
大病院ではそうはいきません。
まず、医師の出入りが頻繁で、一人の医師に長期間担当してもらう事が難しい。
それから大病院は往々にして機動力に難があります。
何かがあった時に入院させてくれない。それどころか救急外来にさえ受診させてもらいない事も珍しくありません。
普段の診療では「主治医と患者の人間関係」が大切なのですが、救急の現場では「病院内の医師の人間関係」も大切です。
当直医が違う科の医師であっても、医師同士が信頼し合っていれば「○○先生の患者だったら診てあげよう」と考えます。
科を超えた医師の交流がない病院では「今日の当直は内科なので整形外科の患者はよそに行って」と門前払いされたりするわけです。

科を超えた交流がある規模とは、せいぜいベッド数500までだと思います。

ある病院に通っているからいざという時にはその病院が診てくれる、と盲目的に信じている人もいます。
そうではありません、特に大病院の場合。
必要性もないのに大病院に通院している人はせっかくのカードを無駄に使っていると考えた方がいいと思います。
(2011年6月13日)

もう一つ、大病院にかかっている人に知っておいて欲しい事があります。

大病院には最新の設備があります。治療技術も最新です。
しかし技術にはハードとソフトの両面があります。
大病院には優れたハードがあります、たとえば高性能の検査機械や放射線照射装置。
これらが必要な人は絶対的に大病院に頼らなくてはなりません。
しかし既に確立した技術、たとえば大腸の検査や胆石の手術についてはどうでしょうか。
大病院でこれらの診療を担うのはほとんどが若い医師たちです。
大病院なら最高水準の診療をしてくれるはずという思い込みは、ハード面については当たっていても、ソフト面については正解とは限らないのです。

技術の進化についても大病院と中規模病院とでは方向性がずいぶん違います。
たとえば胃癌の手術だと、大病院では周囲の内臓やリンパ節などを根こそぎ取ってしまう「拡大手術」をよしとする傾向があります。
高度進行癌の治療には必要な手技です。
一方中規模病院では転移や再発の可能性のない早期癌であれば小さい手術を目指します。
体力的にも経済的にも患者の負担を少なくしようというベクトルで動くわけです。

ですから基本的な考え方はこうです。

「大病院でしかできない検査や治療以外は、なるべく中規模病院で受けた方がよい」
(2011年6月15日)

普段から大病院にかかっていて、ある時健診で早期胃癌が発見されたとします。
早期胃癌の手術であれば中規模病院で受けた方が入院日数的にも、術後の体力回復度的にも、経済的にも楽です。
ところが大病院から中規模病院に紹介という流れはなかなか難しい。
一方中規模病院から大病院への紹介はスムーズです。
きちんと健診を受けてさえいれば、70歳以上になってから大病院でしか対応できない病気になる事はそうそうありません。
つまり普段は中規模病院に軸足を置いておく方が絶対的に有利なのです。

しかし実は中規模病院よりももっといい選択肢があります。

それが最初にちょっとだけ触れた
「自宅に近い機動力のある中規模病院を退職した医師が近所に開業した診療所」です。
(2011年6月17日)

(2)

一人の医師に健康管理を任せる事についてはメリットとデメリットがあります。

メリットは薬や検査が少なくて済む。

たとえば医師があなたの胃の粘膜に何か異常を認めたとします。
おそらくは炎症による粘膜の変化で、悪性の可能性は限りなく0。
もしあなたがたまたま胃の検査だけ受けにきた患者であれば、医師としては念のために細胞検査を追加します。
しかしあなたが定期的に通院している患者で、1年後にもきっちりと胃カメラをしてくれると分かっていれば追加検査はしません。
薬でも同じです。
検査でコレステロールが高かった。
あなたがこちらが指示した食事療法や運動療法を守って3か月後に来てくれる事が分かっていればすぐ薬を出したりはしません。

お互いに顔が見える関係だと医師はそうそう即座に検査や薬をオーダーしないのです。

デメリットもあります。

医師の思い込みで、必要な検査がおろそかになっていたりするのです。
たとえばある時の検査で、あなたが糖尿病ではない事が確認された。
医師は「この人には糖尿病はない」と思い、次の検査からは糖尿病関連の検査項目を省きます。
良心的な医師としては当然の行為です。余計な検査をする必要はありませんから。
ところが年月はあっという間に過ぎていきます。
「この間検査をしたら糖尿病ではなかった」という「この間」がふと気がつくと5年前だったりするわけです。

これを防ぐためには時々は違う医師にも経過をみてもらう事が必要です。

ころころ主治医が変わるのは困りものです。
しかしずーっと同じ医師に任せきりになるのも危険です。

そこで浮かんでくるのが「中規模病院との関係(コネ)が強い開業医」という選択肢なのです。
(2011年6月20日)

「白い巨塔」で有名になった大名行列のような教授回診ですが、その目的は患者の経過を第三者の目からチェックする事にあります。
検査計画や治療手順に見落としがないか、違った角度から見直すのです。
回診やカンファレンスなど、入院患者についてはどの病院でも主治医以外のチェックが入る仕組みになっています。
ところが外来患者ではそうはいきません。

ここだけの話ですが、糖尿病や高血圧など、管理がもう一つ上手くいっていないのに「もうちょっとだけ」とずるずると様子を見ている患者を、どの医者も何人か抱えているものです。
患者に「今回は必ずしっかりと食事療法をするから薬だけは勘弁してください」と頼まれ「じゃあもう一度だけ様子を見ましょうか」と譲歩し、その「もう一度だけ」が二度になり三度になりあっという間に1年になったりするわけです。

そういう状況は勤務医であろうと開業医であろうと同じです。
で、状況が同じなのであれば、様々な検査を検査伝票一枚でオーダーできる勤務医よりも、病院に検査を依頼する際には経過を記した紹介状が必要な開業医の方が「経過をおさらいする」機会が多いのではないかと思うのです。
もちろん検査を病院に依頼する事自体が少なくては意味がありません。
そういう意味で「中核病院と親密で良好な関係をもっている」というのが絶対条件なのです。

もう一つ開業医にかかりつけになっておくと有利なポイントがあります。
(2011年6月22日)

このシリーズの最初で「中規模病院は大病院に比べて機動力がある」と書きました。

たとえばあなたが高血圧である病院に通院中だとします。
夜中に突然激しい頭痛に襲われたので、病院に電話すると当直は整形外科医でした。
もし中規模病院でその整形外科医とあなたの主治医の内科医が親しければ、「とりあえず診察しましょう、自分の手に負えない状態であれば主治医に連絡します」という流れになるでしょう。
こういう場合もあります。
高血圧で通院中に腰痛に襲われたとします。主治医から整形外科に紹介されて診てもらったところ手術の必要なヘルニアでした。
さっそく入院、手術の手続きをして一つの病院であらゆる事がスムーズに片付きました。
こういう機動性は中規模病院の一番のメリットです。

ところが現実には通院中の病院で手術を受けたくない事もあります。
主治医の内科医には満足しているけれども手術するとなればもっと評判のいい医者にして欲しいとか、もっと家の近くの病院がいいとか、個室に入れてくれる病院がいいとか、理由はさまざまですが、こういう要望は実際に数多くあります。
そういった時には逆に医師同士の距離が近すぎる事が患者にとっての足かせになる可能性もあるわけです。

そういった時に開業医が仲介役であれば自由度はぐっと高くなります。
「A病院で検査をして手術を薦められたけれども、手術はB病院でしたい」
そんな相談は開業医にとっては珍しくも何ともありません。
その相談に乗るのが開業医の仕事の一つでもあるし、またその段取りにも慣れています。

主治医選びの際に、いろいろ相談に乗ってくれる開業医が近くにいるのであれば、中規模病院の勤務医よりも多少有利かもしれないと思うのは、そういう理由なのです。
(2011年6月24日)